Owners Voice 琥珀色の迷宮

さようならオードリー…琥珀色の迷宮No.16

その女は寒風ふきすさぶ中、静岡店に突然やって来た。

お金はあまり持っていないと云う。しかし安い酒を飲みながら目線は超一級の酒ばかり見つめている。“酒の事が判るのか?„と聞くと“ボ口酒ばかり飲んでいるので旨い酒は判ります。

早く飲んでくれと云っている。„と・・・・・・“それではこの2,000本位の酒より特別旨い酒を当ててみろ。„

一本一本指をさす酒は正に安くても高くても銘酒ばかりである。この女は何だ。

超能力ではない。とぎすまされた感性そのものである。

あの席の客様が灰皿を欲しがっていますよ。テーブル席の人は何か用事があるようですよ。

この女には空気が読めるんだと思った。そして話が有ると云う。テーブル席で何の話かと思ったら“私を雇ってくれ。„と云う。

余りにも突発的だったので“急に云われても困るし、店長とも相談しなければならない。

名前も知らない。過去も知らないし。„と云うと“雇ってくれなければ困る。

ここで働く為に山の中より街へ引っ越して来た。„と云う。こんな理屈が有るか。

誰かに相談したところでこの女の事は理解出来まい。過去にもそして今からもこんな女は絶対出会わないだろう。

最後に、この私に、誰もが一目置く異端児の私に、“私はマイフェアレディーのオードリーへプバーンよ„私は只ただ笑っているだけだった。

私は型破りの人間が男女を問わず好きである。店長を呼んで“この女雇ってやれ。名前も住所も知らん後はお前に任せた。„

こんな虚みたいな事からこの女はブルーラベルのバーテンになった。

それからのオードリーは酒の勉強ばかりしていた。いつの日か大勢のお客様を引っ張ってゆく存在にまでなっていた。

カウンターの外からオードリーを見ているとお客様に笑顔で酒を勧めている。

その笑顔が“この酒を飲め。幸せになれるよ”と顔に書いである。名前は立花かおる。取ってつけたような名前だが本名である。

所用で東京へ行ったり、名古屋へよく行くが女性のバーテンダーで公平に見て彼女以上に華のある人に会った事がない。

ウイスキー、カクテル、酒と云う物全てオールラウンドプレーヤーだったオードリー。しかしこの女にも欠点があった。

気付かなかったが内蔵疾患が有った。気が付いたのは東京進出してからである。

孤立無援の“アラモの砦”の中での生活がこたえたのか。年令も確実に1つ1つ増えてゆく。

週三回位の割で病院へ行くようになった時、ついにその日が来た。退職願いである。

これには慰留する言葉もなかった。

近くの銭湯で熱いお湯の中で失神して沈んでた女性を担ぎ上げ、駆け付けた男性の前で下半身丸見えでも水をかけ一命を救ったオードリー。

銭湯の番台のおばちゃんには毎週のごとく土産を届け、静岡の時からであるが地下道や街角に座っている“おもらいさん”にもお金を置いていったオードリー。

ユニセフの役員だったヘプバーンが乗り移ったような女だった。

従業員にも自分を支えてくれたお礼に色んな物を送っていた。幸せになって欲しい。

元気になって又、どこかで頑張って欲しい。

二度と現れない名バーテンダー 立花かおる

あまりにもおしいオードリーの離脱

君は私に聞いたネ。 “私はこの銀座店の酒ならどれ?„

“まぎれもなく、サマロリー ボウモアブーケだ。„

ありがとう・・・・・・そしてさようなら

朝もやの中を見送る君の姿はいつまでも見えたのに

今日はもう見えなくなった・・・・・・

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